ひめ日記3

日詰千栄の日々を綴ります。芝居のこと、祇園囃子のこと、京都のこと。

祇園祭はいつから神事になったのか

京都ハレトケ学会の講演を聴きに、ごはん処矢尾定へ。

最近人気のある講座だけれど、今回は満員御礼の追加講演ということで、聴講は4人。

密を避けて、アクリルで仕切ったお座敷で、まずは食事。

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お膳はトビウオ。

山鉾町のご神饌にも供えられる、のにあやかって、珍しいお魚。

 

講師は中野貴広氏。

中野さんは市井の研究者でありながら、古書店、資料館、図書館、博物館、神社、お祭関係者など、様々な資料の原典に当たり、独自の知見を教えてくださる。

今回も、祇園祭のご祭神が天神→牛頭天皇→速須佐雄→素戔嗚尊と変遷する記録や

八坂神社で根拠とされている文献、山鉾のご神体とは、など、様々に興味深い資料を解説していただいた。

私は特に、近世狂言本における「籤罪人」に登場する山鉾のリストが面白かった。

「籤罪人」は「今年の山はどんな趣向にしようか」と相談する、江戸時代初期の話。

狂言の各流派で行われている演目だけど、会話に登場する山鉾はそれぞれ。

「河津と股野の相撲」とか、「縄に大黒と布袋、鳶にさらわれ中に袋二つぶらぶら」とか、「門の上の鬼が武者の兜を曳く」とか、現存しない山もある。

この時代やったら、「女鉾」もありやったやろなぁ。