ひめ日記3

日詰千栄の日々を綴ります。芝居のこと、祇園囃子のこと、京都のこと。

地獄か極楽か

お坊さんがお経を上げに来てくださった。
開口一番
浄土真宗には、お盆のお迎えという考えはありません」とおっしゃった。

え~っ?!

お盆の元になってるのは、インドのお話です。
(プリントを配る)
目連というお釈迦様の弟子が、亡き母が地獄で苦しんでいるのを知りました。
その昔、通りすがりの修行僧が「水を一杯恵んでください」と母親に懇願したところ、
母親は「これは目連に飲ませる水だ」と冷たくあしらったのが原因です。
お釈迦様に相談したところ、
母親を助けるには、毎年盂蘭の日にすべての修行僧に十分な施しをしなさいと言われました。
これが盂蘭盆経の大まかな内容です。

浄土真宗では、故人は地獄ではなく極楽浄土にいると考えます。
そこは苦しみも悲しみもない世界です。
山城新吾さんも大原麗子さんもいて、賑やかです。
日詰さんは今頃、マイケル・ジャクソンさんに
「おう、見てみ。あれがわしの家族や」と話しているかもしれません。
そんな祖先が地獄にいると思うのは、生きている者の驕りです。

さて、人は死んだらどうなるのでしょう。
無になるのではありません。
私(お坊さん)の父は最期に脳死状態になったけれど、
亡くなる数時間前、二人きりで話をしたら
聞いている様子で話をするように口を動かしました。

たとえ脳は機能しなくても、心は別にあると思います。
心は大きさも色も匂いも”無”に見えるけど
私達は”無”から音楽や絵を作り出すことが出来ますね。
それと同じです。
故人の心はいつも皆さんの傍に、内側にいます。
お盆の時だけじゃありません。

そんなお話だった。
う~ん。本堂で聞いた新幹線の話よりずっと分かりやすい。
かつ、平和で良心的。お金もかからない。
若いのに宗教者として、遺族の気持ちを慰めてくれるなぁ。

「(お盆の)作文、添削してくださいね」と言って去って行かれた。
相田みつをさんの詩が太字で挟まれていたので
電車で読むのはちょっと恥ずかしかったよ。